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バルセロナの修道院にて

年末年始の数日間バルセロナで過ごしました。
観光を兼ねてちょっと骨休みと軽い気持ちで出かけましたが思いがけない素敵な時を過ごす事ができました。
センターから少し離れた郊外にあるホテルから歩いていける場所に、13世紀に建てられた修道院があると知ったのは着いて三日目、次の日(大晦日の)朝、早速訪ねてみました。
閑静な住宅街を歩き丘の上に見つけた修道院は、とても簡素な美しさに満ちていました。
Monastery of pedralbes,ラテン語で白い石の修道院と言う名のその建物は驚くほどにオリジナルの姿が保たれていました。チャペルでは今も尼さんたちが祈り続けているそうです。
平和と静けさに満ちた中庭を見つめながら長い間座っていたら何か不思議な懐かしさが心に浮かんできました。
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そしてとても興味深かったのが修道院内の小さなミュージアム。
はとんどが名のない僧侶、尼さんたちによって描かれた絵たちは、大きな教会や寺院で見かけるものとはとても違っていたのです。

いつも見かける十字架の上で苦しむ姿とは違う生き生きとしたキリスト。
そしてキリスト、聖母マリアの絵と同等にマグダラのマリアのとても美しい絵がいくつもあった事。
そのひとつは片手に香油そしてもうひとつの手に本を持ったマグダラのマリア。
歴史的にキリスト教の権威が押し付けてきた娼婦としてのマリアの姿とは明らかにかけ離れた、愛と知性に満ちたマリアの姿でした。
私のガイドであるセント テリーザ オブ アビーラの小さな彫刻も見つけました。
そして、私の愛読書である”神の使者”に登場するセント トーマスの小さな絵も見つけてちょっと驚きました。
やはり教会の歴史からはほとんど無視されてきたトーマスの姿、名のない尼さんによって描かれたものでした。
写真をとる事が禁止されていたのが残念だったのですが・・・。

A Course in Miraclesを頼りに手探りで歩き続けている道、その向こうに小さなでも確かな光を見出す事ができた、そんな気がして感謝の気持ちに満たされ癒された経験でした。


When I said 'I am with you always,'
I meant it literally.
I am not absent to anyone in any situation.
Because I am always with you,
You are the way,the truth and the life.
by hagiel | 2009-01-05 04:18 |

空飛ぶペンギン

昨日の朝、春休みでのんびりゆっくり起きてコーヒー片手にテレビをつけました。
ちょうど BBC、breakfastのnewsの時間。
ジンバブエの大統領選挙の後のnewsがこれでした。
南極でドキュメンタリーを撮っているBBCのチームが珍しい場面をカメラに収めた・・、それはペンギンが空を飛ぶ場面・・。

エ!ペンギンって飛ばないんじゃなかったっけ?と目が点になりながら見入ると1,2羽のペンギンがはじめヨロヨロと走りながら羽をパタパタして飛びはじめました。そのうち他のペンギンたちが次々とジョイントして群となって南極の氷の上、海の上を雄大に飛びまわっていたのでした。

地球の環境変化に対応するため急速に進化したのかしらん?とか寝ぼけた頭で考えつつキッチンに2杯目のコーヒー(これだけやめられない)いれに戻りカレンダーに目がいってアッ!
4月1日、エイプリルフールでした・・・(爆)。
男女2人のプレゼンターは、シレッとまじめな顔で伝えていたし危うく本気にするところでした。
でも何かおかしくて1日思い出しては笑っていました。ペンギンたちもかわいかったし・・・。

そして今日の朝のbreakfast,newsで昨日の”空とぶペンギンのニュース”あれはエイプリルフールのジョークでした・・、と伝えていました。
予想外の大きな反響があったみたいです。その画像を製作したエンジニアも出てきて、コンピューターグラフィックを駆使して結構時間をかけて作った画像である事を説明してました。
冗談にそこまでやるか!とか思いながらおかしかったです。
でもちょっとビックリしたのが、その画像を流した事について苦情もたくさんあったという事です。
その苦情とは、世の中シリアスな問題、ニュースがたくさんあるのに、そんなくだらないジョークにお金と時間を使うな!ということらしいです。そんなわけでエンジニア氏、”あの画像を作るのにあまりお金はかからなかった”なんていいわけしてました。

けど私自身は、昨日普段と変わらない平凡な日だったけれどあのニュースのおかげでなんか楽しかったのです。
それでなんとなく思った事は、そんな何気ないいたずらを”面白い”と思えばその時間が楽しく過ぎていく(気がする)し、”けしからん”と思えば苛立ちの中で過ぎていく(気がする)、という事です。
つまりその間の時間のクオリティーは微妙に違ってきます。

話し変わって”神の使者”のメッセージ。
十字架上で苦悩するイメージが私たちの心に焼き付いてしまっているJesus,実はとても楽しい人であったという事。エゴマインドが飛び上がるような、アブナイ、スレスレのジョークも時々かましていたそうな・・・。
そもそもA Course in Miraclesの根底あるメッセージでは、Jesusは十字架の上でちっとも苦しまなかったということ。なぜなら
"Guiltless mind can not suffer"であるから。
罪の幻想をすべてを赦し、心の中のunconscious guiltをすべて消し去っていたJesusにとって、苦しむことは不可能であったということです。
従来のキリスト教の”Jesusは私たち罪深い者たちの罪が赦されるために身代わりSacrificeとして磔となった”というメッセージとなんという違い!。

メッセージャーたちはこうも言っています。

Have fun,my friend.
友よ人生を楽しみなさい。
Juses did,Shakespeare did.
ジーザス、シェークスピアが楽しんだように。
Don't take tricks of time seriously.
時間のトリックをあまり深刻に捉えずに。

Your countenance shakes a spear!



God's Son can have no cares,
and must remain forever in the peace of Haven.
In His Name , I give today to finding what my Father wills for me,
accepting it as mine,
and giving it all my Father's Sons, along with me.

ア・コース・インミラクルズより
by hagiel | 2008-04-03 07:10

A Course in Miracles

今年1冊の本、THE DISAPPEARANCE OF THE UNIVERSE(神の使者)に出会いそこから導かれて運命の本、A COURSE IN MIRACLESに出会い勉強をはじめました。
その昔、本の虫だっただけに本を読む速度のとても速い私が、9ヶ月近くかかりながら未だ3分の2ほどしか読めない難解な本です。
でもはじめはウンウンうなりながらしかし懲りずに読み進めていくうちにその素晴しさと凄さを実感していきます。

A COURSE IN MIRACLESは、真の赦しによる、私たちが普段認識する事の難しい隠れたエゴマインドの解明とリリースを導くための教本です。

教本の中の日々のレッスンを進めていく事によりしだいに表面化してくるエゴマインドは、従来のヒーリングやトランスパーソナルセラピーなどでは、触る事も出来ない代物です。
そしてそれは、虚像であるGUILT(罪の意識)のかたまりです。
そして驚いたことに物質的な世界の身の回りに起こる事、存在しているように見えることすべてが(自分の肉体も含めて)この隠れたエゴマインドの投影である、という事実を実感しはじめます。
又そのエゴマインドが隠れた深層意識の中で常にささやいている言葉が、SACRIFICE(犠牲)という言葉です。
そしてレッスンを続け、TEXTを読み続けていくうちにはっきりとしてくることは、
SACRIFICE IS AN ATTACK,犠牲と攻撃は同じである、ということです。

それらを解放していく事は並大抵ではないけれど、教本(A COURCE IN MIRACLES)は、神、そして神の使者であるHOLY SPIRITにいかにしてすべてをゆだねていくか、そのすべを人間の能力の限界をはるかに超えた驚くべき知性により実に正確に伝えてくれます。

そして真の赦しにより到達するのがATONEMENTです。
ATONEMENTとは・・・?辞書で引くと、償いあがない、という言葉がでてきます。
でもそれは決して、罪の償いあがないという意味ではありません。
そして真のATONEMENTの理解、それを受け入れる事が救いにつながります。
”Accept Atonement and you are healed"

まだまだ始まったばかりの旅です。
たぶん一生かかって,もしかすると何度かの人生をかけて進めていく勉強です。
今はただひたすら裸になっていく謙虚になっていく過程の中にいます。

でも、この本に出会った事それだけで、言葉に出来ないほどの救いを得る事ができました。
それは、ここに一点のしみもない真実があることを知る事からくる安心感です。
そして一点のしみのない真実の中に愛があり、それが本当の自分の姿(SPIRIT)なのです。
それを思い出していく為の旅です。
ここに真の癒しがあることを実感しています。
又読み進め勉強し進めつつ経過をご報告できる事と思います。

長い間ブログをお休み中、ご連絡くださった方々ありがとうございました。


You do not know the meaning of anything you perceive.
Not one thought you hold is wholly true.
The recognition of this is your firm beginning.

A Course in Miraclesより
by hagiel | 2007-11-10 04:21 | ア・コース・イン・ミラクルズ